私には歯科医として大切にしている想いが2つあります。
1つ目は患者さんが「恐い」と感じない歯医者であること。2つ目は患者さんの治療後の生活をいかによくできるかを考えながら治療を行うということです。
このように考えるようになったのには、きっかけがあります。少し長くなってしまいますが、読んでいただけたら嬉しいです。
私は祖父の代から続く歯医者の家に長男として生まれました。まわりの大人達が当然のように私が跡を継ぐものだと思っている、子供ながらにそういう空気を感じ、それがとても嫌で、精いっぱい、抵抗しました。特別なりたい職業があったわけではありませんが、子供の頃はとにかく歯医者以外の職業に就こうと思っていました。
そんな私が、初めて歯医者になろうと思ったのは、高校生の時です。私は親元を離れ函館の学校に通っていました。その頃はバスケットボールに夢中でした。しかし、バスケットボールのプレー中に他の選手とぶつかって歯を折ってしまったのです。ものすごく痛くて、どうして良いか分からずとても不安でした。もちろん歯を折ったのは初めての経験だったし、それどころか、私はそれまで一度も虫歯にすらなったことがなかったため、歯の治療がどういうものか全くイメージできなかったのです。とにかく歯医者に治療されることが恐くてしかたありませんでした。
そして、そんな時に頼ったのはやはり父でした。秋田の父に電話で相談したら、5分後にはこういう歯科医がいるからそこ行きなさい、連絡はしてあるから。という連絡をくれました。それだけでなんだか父を尊敬してしまいました。私がいうのもなんですが、父は非常に勉強家です。勉強のために学会に行った時に、県外の医師とも交流があったそうです。そういう仲間の中に函館の歯科医がいて父が連絡してくれたので、そこに行きました。その時に処置していただいた先生が上手い先生だったので、治療自体は、痛いということはありませんでした。でも私にとっては生まれて初めての治療体験なので、上手いかどうかなんて分かりませんでした。ただひたすら、怖い。それだけです。そのときに、「この怖いという感覚良くないな」と感じました。怖いと思わせているのが何かは分かりませんでしたが、いいことではないな、と思ったのです。同時に、もしも自分の実家であるあいば歯科が、そう思わせていたらいやだな、と思いました。
そして、その時の出来事がきっかけとなって、あんなに嫌だった歯医者になろうと思うようになりました。患者さん恐くない歯医者を作りたいという想いは高校生の頃から今も変わらず持ち続けています。
歯医者になるときめた後、それまでバスケットボールばかりしていた私は、必死で受験勉強をしました。そして2年間の勉強の末、岩手医科大学の歯学部に入学が決まりました。大学生になり、医学や歯学の講義が始まると、私はこれこそ勉強したかったことだと、本当に心の底から感じました。細胞の不思議、人体の不思議、生命の不思議、これらに関わることのできる自分を誇りに思いました。どんな些細な疑問も残さず教授に質問し、図書館で調べ、先輩に聞き、生き生きと楽しみながら勉強にのめり込みました。
大学卒業後は、当時「入れ歯治療日本一」といわれた教授がいる岩手医大に、大学院生として入局しました。ここでは、良い入れ歯を入れたら歯以外の病気が良くなった、というような大変貴重な勉強をさせていただきました。
こうして学生時代を終えた私は、秋田大学付属病院の口腔外科に、研修医として受け入れていただきました。今度は入れ歯の歯医者ではなく、がん治療から骨折治療、形成外科的整容医療、インプラント治療まで行う外科医としての修行をすることになりました。一人の患者さんをチームとして支える、職人としての歯科医ではなく、医者という仕事をはじめて根本から理解した場所であったかもしれません。重症の患者さんを診る病棟に勤務して、大きな手術にも参加しました。医学部の麻酔科にも勤務し、自身で麻酔をかけることができるようになったことは今でも大変役にたっています。
そして、この病院で私は、私の歯科医としてのその後の生き方に大きな影響を与えてくれる1人の患者さんに出会いました。その患者さんは口腔がんの患者さんで、奥歯の周辺のがんが他の場所にも転移していました。入院されていて当然手術もされました。手術はひとまず成功。しかし、がんを切り取ったら終わりというわけではなく、現実には「手術が上手くいって良かったね」とはなりませんでした。その患者さんにとっては、普通の生活に戻って初めて良かったと思えるわけで、手術が終わっただけでは治っていないのと同じことだったのです。結局その患者さんはその後も4ヶ月くらい入院されて、無事にがんが治りました。そして、いよいよ退院される日に、本当にうれしそうないい笑顔で、私のところに挨拶をしにきてくれたのです。そのときに患者さんがおっしゃった「また普通に元の会社にもいける」「入院する前と同じように社会復帰ができる」という言葉を聞いて、「あぁ、そうかこれが患者さんの本当の気持ちなんだ」と感じました。その人にとって一番良い状態で社会復帰できることを患者さんたちはみんな望んでいるんだと。このときに、こういう患者さんとの関係って気持ち良いなと、こういう風に思われる歯科医になりたいなと思うようになりました。その経験をきっかけに、私は歯科医として患者さんの治療後の生活をいかによくできるかと考えるようになりました。
研修医としての経験を積んだ私は、秋田労災病院で、外科医が一人で受け持つ手術数としては日本一という、多忙を極めた生活を送っていたのですが、なんとか頑張れたのもその患者さんとの出来事があったからだと思います。
こうして口腔外科としての経験を積んだ後、私は実家であるあいば歯科に帰ってきました。
ここでも、患者さんの治療後の生活を考えられる歯医者を目指して経験と勉強を重ねました。特に、海外で発表された新しい論文には必ず目を通していました。
そして、その中に、1日インプラント治療の論文があったのです。論文を読んで運命的なものを感じた私は、開発者であるマロ先生直伝のトレーニングを受けるためにポルトガルに行きました。
そして、実際にトレーニングを受けてみて自分の直感は間違っていなかったと確信しました。私が今まで研究してきた入れ歯の経験と、外科医としての経験とが、ガッチリとつながったのです。まるで、神様に、1日インプラントをやるために今までいろいろなところで研修をさせてあげたのだよ、といわれているような感じまでしたものです。
そして、この方法なら、入れ歯からインプラントにしたいけど今まで体に負担がかかるからインプラントにできなかった患者さんや、総入れ歯にするのは抵抗があるけど全ての歯をインプラントにするのは金銭的に難しかった患者さんに喜んでもらえる。この治療は患者さんの治療後の生活をよりよくできる治療だと確信しました。
日本に戻った私は、すぐに医院の体制を整えてすこしづつ1日インプラント治療を始めました。1日インプラントの治療が終わり、美しい歯が入るとき、皆さん本当にすばらしいお顔で微笑まれます。涙ぐむ方もいらっしゃいます。そのようなことを、私たちのチームで成し遂げることができることを本当に誇りに思うとともに、本当にありがたく思います。
これからも、こういう患者さんとの関係をつづけられたらいいなと思っています。